福岡地方裁判所 昭和35年(ワ)71号 判決 1961年5月12日
原告 国
訴訟代理人 小林定人
被告 福岡証券取引所
主文
被告は原告に対し金一七〇万円及びこれに対する昭和三五年二月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告指定代理人等は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として訴外西華証券株式会社(以下単に西華証券という。)は証券取引法に基く証券業者であつたが同会社は昭和三三年八月一三日現在国税七五五四六三円及び滞納処分費二三五円合計七五五六九八円を滞納していたので原告は同日福岡税務署吏員によつて旧国税徴収法(明治三〇年法第二一号)第一〇条及び第二二条に基ずき、西華証券が証券取引法第九七条により被告に預託していた会員信認金一七〇万円の返還請求権を差押え、同年八月一五日到達の書面で被告にその旨を通知した。
しかして、同年一一月二九日西華証券は証券業者の登録を取消されたので、原告は被告に対し昭和三四年五月一五日弁済期日を同年八月二五日と定めて右差押に係る会員信認金の返還を請求した。しかるに、被告は原告の前記請求に応じない、他方、西華証券も滞納国税のうち金四五八五六〇円を納付したのみでその余を納付しないので、原告は被告に対し右会員信認金の返還並びにこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三五年二月三日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると延べ
被告の答弁に対し
西華証券の会員信認金返還請求権に対して福岡地方裁判所より民事訴訟法による仮差押命令、差押命令並びに取立命令が数件発せられていることは認めるが、右差押命令及び取立命令は原告が滞納処分として本件会員信認金返還請求権を差押えた昭和三三年八月一五日以後になされたものである。
仮差押命令によつて滞納処分の執行が妨げられないことは国税徴収法第一四〇条の明規するところであり、また滞納処分による差押後になされる強制執行は先行の滞納処分の効力を阻害しない範囲内においてのみ許されるに過ぎない。
従つて、裁判所が本件会員信認金返還請求権について、原告のなした滞納処分以後に、その差押命令以上に換価手続の進行を阻害することになるから、これは違法として取消さるべきである。
また、仮に被告主張の前記差押命令並び取立命令を得た債権者等が証券取引法第九七条第四項にいわゆる当該会員信認金について他の債権者に先だち弁済を受ける権利がある者に該るとしても、右規定の趣旨は投資者の保護にあるから、そのためには同規定の債権について特別の先取特権を認めることで十分であつて、右規定をもつて他の法令による優先弁済権に対してまでも最優位を確保させたものとは到底解し難い。従つて、同項にいう他の債権者とは民法第三〇三条の場合と同様に優先権を有しない一般債権者を意味し、国税徴収法第八条により同法に特別の規定ある場合を除き、すべての公課、その他の債権に優先する国税債権はこれに含まれない。
しかして、証券取引法第九七条第四項所定の債権は国税徴収法に特別の規定ある場合に含まれないこと明らかであるから、本件の場合は当然国税債権が優先し、証券取引法第一九五条を適用する余地はない
と述べた。
証拠<省略>
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として
原告の請求原因事実中、西華証券が国税を滞納していること及びその金額は不知、原告より西華証券の本件会員信認金返還請求権を差押える旨の通知を受けたのは昭和三三年八月一八日である。その余の事実は全部認める。
しかしながら、西華証券に対しては同会社に有価証券市場における売買取引を委託した者等が当該取引によつて生じた債権を有しており、これらの債権者のために福岡地方裁判所により本件会員信認金返還請求権に対し仮差押命令、差押命令及び取立命令が数件発せられている。
しかして、右債権者等はいずれも証券取引法第九七条第四項所定の債権者に該ること明らかであつて、同条により本件会員信認金について原告の国税債権を含む他のすべての債権に優先して弁済を受ける特別の先取特権を有する。
もつとも、前記債権者等のためになされた福岡地方裁判所の差押命令並びに取立命令は原告主張の滞納処分の差押通知後になされたことは認めるが仮差押命令はその以前である。
仮りに、原告主張のように旧国税徴収法第二条の国税優先の原則が証券取引法第九七条第四項の債権についても適用されるとすれば、右両規定は内容的に相互に牴触することになるので証券取引法第一九五条の適用をうける結果、同法第九七条第四項の規定が旧国税徴収法第二条の規定に優先することになる。
よつて、被告は原告の本訴請求に応ずる義務はないと述べた。
証拠<省略>
理由
一、訴外西華証券が被告に会員信認金一七〇万円を預託していること、原告が国税滞納処分として西華証券の右会員信認金返還請求権を差押えたこと、西華証券は昭和三三年一一月二九日証券業者の登録を取消されたことについてはいずれも当事者間に争いがない。
しかして、成立に争いのない甲第二号証並びに弁論の全趣旨によると、西華証券は昭和三三年八月三一日現在において国税七五五四六三円及び滞納処分費二三五円を滞納していたが、その後右滞納額のうち四五八五六〇円を納付したのみでその余を未だに納めていないことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
二、被告は、本件会員信認金返還請求権については証券取引法第九七条第四項の債権者のために裁判所より仮差押命令、差押及び取立命令が出されているから原告の本訴請求には応じ難いと抗争するのでこの点を検討する。
原告が被告に対し本件会員信認金返還請求権を差押える旨の通知をなし、右通知が遅くとも昭和三三年八月一八日に被告に到達したことは被告の自認するところであるが、他方、被告主張の民事訴訟法による本件会員信認金返還請求権の仮差押、差押及び取立命令が裁判所から発せられていること並びに右仮差押は原告の前記差押の以前になされたが、差押及び取立命令はいずれもその後になされたことについても当事者間に争いがない。国税はその特殊性から納税者の総財産について国税徴収法第二章に別段の定めがある場合を除いてすべての公課その他の債権に優先して徴収することができる(同法第八条、旧国税徴収法第二条)から、同法に基ずく滞納処分としての差押が既になされた後においては民事訴訟法による差押並びに取立命令の如きは先行の滞納処分の効力を阻害しない限度においてのみこれをなしうるものと解べきものである。このことは有体動産又は不動産について定めた滞納処分と強制執行等と手続の調整に関する法律の趣旨からも窺われる。
従つて、原告のその後になされた被告主張の前記民事訴訟法上の差押及び取立命令にも拘わらず滞納処分の執行として本件会員信認金の取立をなしうるものというべく、また、これに先だつ仮差押の存在によつては滞納処分の執行は全然妨げられないこと国税徴収法第一四〇条の明規するところである。
よつて、被告の右主張は理由がない。
三、しかるに、被告は前記民事訴訟法の差押及び取立命令は証券取引法第九七条第四項所定の債権者のためになされたものであり、これらの者は本件会員信認金について原告の国税債権を含むその他のすべての債権に優先して弁済を受ける特別の先取特権を有するから被告は原告の本訴請求に応ずる義務はないと争うが被告は右債権者等が同条項所定の債権者に該当することについて何等の立証もしない。
しかしながら、仮りに前記債権者等がこれに当るとしても、証券取引法第九七条第四項の規定の態様(民法第三〇三条と対照)並びに同法には国税徴収法の如く他の優先弁済権との優劣について何等特別の規定を設けていないこと等に鑑ると証券取引法第九七条第四項は投資者保護のため、単に同項規定の債権が特別の先取特権を有する旨を明らかにしたに過ぎず、それ以上に国税債権その他の優先弁済権との優先順位までをも規定したものとは到底解し難い。
他方、国税徴収法によると国税債権は納税者の総財産について同法第二章に別段の定めがある場合を除き、すべての公課「その他の債権」に優先するとし、国税債権に一般の先取特権を与えているが、右にいう「その他の債権」中には特別の先取特権をも包含されること同法第二章の規定に徴しても明らかである。しかして、同法第二章中には証券取引法第九七条第四項所定の債権を国税に優先させる旨の除外規定も存しないから、右債権も国税債権に劣後するものと解せざるを得ない。
また、国税債権と証券取引法第九七条第四項の債権とは叙上の関係にあつて両者は内容的に何等牴触するものではないから同法第一九五条の適用をみる余地はない。
従つて、被告の右主張も採用し難く、他に被告が原告の本訴請求を拒み得る理由も認められない。
四、なお附記するに、西華証券は前記国税滞納額及び滞納処分費の合計七五五六九八円のうちその後四五八五六〇円を納付したので残額は二九七一三八円のうちその後四五八五六〇円を納付したので残額は二九七一三八円に過ぎないが、国税徴収法によると国税徴収職員は滞納処分として債権を差押えるときはその全額を差押うべく(同法第六三条)、また差押えた債権の全額を取立ることができる(同法第六七条第一項)から、原告は被告に対し西華証券の右滞納額にも拘わらず本件会員信認金一七〇万円全額の支払を求めることができるわけである。
以上の次第であるから被告は原告に対し右信認金一七〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三五年二月三日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があること明らかである。
よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中村平四郎 唐松寛 牧山市治)